よってたかって恋ですか?


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どうかすると十月並みというところまで
いきなり極端に涼しくなってしまったのは
さすがに度が過ぎたと思ったか。(誰がだ)
九月の末になってやっと、時期相応のお日和となって来た感がある。
少しすすけた感のあるコンクリの舗道に白く弾ける陽も、
まだまだ夏の名残りが感じられるよな強さであり。
ポプラの並木の下、
涼しい木陰に木洩れ陽がひらひらと躍る
舗道の一角へと立ち止まり、

 「そうなんだよね。
  朝晩は上着も要るかなって肌寒さで、
  でも 昼のうちは汗も出るし。」

困ったもんさと忌々しげに言い放つのは、
鉄火肌なところが見るからに滲み出す、
力んだ目許も引き締まった口許も凛と冴えての、
いかにも気の強そうな面差しをした、
極道の妻、静子さんその人で。

 「昼間は陽も結構強いから、
  ついつい上着を脱いでの腕まくりになってしまうんだよね。」

 「ですよね。」

そろそろ衣替えがやって来る学生さんなぞは、
朝こそ重宝したくせに、
えい邪魔だと脱いだ上着を すっかり失念し、
そのままそこいらに忘れてしまうことも多くなる時期でもあって、と。
そんな喩えが出たのは、ほんの目の先の横断歩道、
まだ夏服の女子高生が何人か、
きゃっきゃと笑いさざめきながら道を渡って来るのが見えたせい。
暑いからかそれとも学園祭の準備期間なのか、
まだまだ早い時間だというに、もう下校なんだなぁと
視線をやったのも一時のことで、

 「でも、陽が落ちると
  外では上着なしではいられないでしょう。」

陽が暮れるの自体、夏に比べて早くなった。
日没時刻はさほどに差もないが、
陽がその姿を消すと そのまま周囲も暗くなる。
すとんと幕が下りて来るように宵が来るのに合わせ、
気温もぐぐっと下がるから、

 「そうなんだよ。
  昼のお出掛けが長引くと、とんだ目に遭うんだな。」

そうそうと、それもますます忌々しいか、
眉間を険しくし、しょっぱそうなお顔になった静子さん。

 「若い子は体力もあるし、
  まだまだ微笑ましい年代だから、
  走って帰るなんてことも出来るけど。
  大人はそうそうお転婆なことも出来ないからサ。」

ここまでの陽盛りには要ったのだろう、サンバイザーの下で
切れ長の目許を溜息混じりに伏し目がちにすると、

 「家に帰れば同じようなのがあるって判っていても、
  肩掛けだの、売り出しになってる薄手の上着だの、
  つい買っちゃうんだよねぇ。」

 「どこにでも百均とかありますからねぇ。」

不意な にわか雨に降られて
つい出先のコンビニでビニール傘を買ってしまう
何とも微妙な口惜しさに通じてますよねぇと。
そういう些細なところへ、些細だからこそ敗北感を感じると、
主夫として痛いほど共感出来るのだろう。
正式には螺髪というが、
ここいらでは変わったパンチパーマで通じている髪を乗っけた小首を傾げ、
Tシャツが長袖になったのは秋仕様か、
聖さんチのブッダさんが、
うんうんと実のこもった頷きを返しておいで。
今日は隣町のスーパーのセールだったので、
二人仲良く出掛けて来たところ。
お目当ての商品もほくほくと手に出来た帰り道で、
何てことない話を交わしていたのだが。
いちいち共感し合えるのがお互いに嬉しくて、
気がつけば立ち止まっての長話になっているお二人さん。
何しろ、静子さんの方は
ここいらのやんちゃ筋を束ねる兄ィの嫁なので。
気のおけぬ間柄な人が全くいないとは言わぬが、
そこはそれなり 気を張ってもいるし、相手にもそれが伝わるか、
周囲からは微妙に姿勢を正されてしまう存在であり。
片やのブッダさんの方は方で、
気さくだし人懐っこいので 婦人会などにお友達も多いのだが、
肝心要めなご家族が、
ちょっと浪費家、ちょっと考えなしな行動派の
あの、イエスさんなものだから。(苦笑)
まあそれなり、
言うに言われぬ色々が、胸のどこかに溜まってたりもするのであり。

 「まだ使える浄水器のフィルターを、
  そろそろ目盛りを振り切りそうだったからって
  買って来て取り替えたと胸張ってくれたりサ。」

 「ああ、それは辛いですね。」

 … 5000円もするってのに
 わあ、それは何とも口惜しいですよね

 「ウチはまだ些細ですよ。
  どう絞っても出て来ないほどだったからって
  新しいマヨネーズを出しといたって胸を張るくらいで。」

 「おや、でも。」

 もしかせずとも、ハサミで容器を切って、
 口の堅いところに居残ってたの、
 スプーンで取り出してサラダなんかで使うよね?

 ええ。なので、
 容器を捨てるのだけはストップかけるんですけどね

 「洗って分別して出すからって言って。」

 「それも油断してると“気を利かせて”洗い流されちゃうよ?」

経験者は語るというしみじみとした口調で言う静子さんなのへ、
それは恐ろしいと、真摯なお顔になったブッダだったところ、

 「あ、ブッダさんだ。」
 「こんにちはvv」

駆け寄ってまでは来ないながら、
先程 視野に収まった女子高生たちが、
そんな声を掛けつつ ひらひらと手を振って来る。
そこは礼儀正しい釈迦牟尼様ゆえ、

 「え? あ、どうも。」

誰なんだろと思いつつなため、表情も定まらぬままながら、
ほぼ条件反射のようなそれ、
こちらからもお返しにと手を振って見せれば。
たちまち、

 「きゃあvv」
 「わ、わvv」

何故だか黄色い声が上がり、
肩やら腕やら互いにつつき合った少女らだったりするのが、

 「???」

ブッダの側には今一つ事情が通じてないものだから。
傍で見ていて何とも微笑ましい人だねぇと、
静子さんとしては 隠すのが大変なほどに苦笑が絶えなかったりし。

 “朴訥と言うか、可愛いというか。”

だからあの娘(コ)らも、
素性までは知らないのだろう異国の人だというに、
あんな気さくな声を掛けちゃうんだろうねと。
どれほどに“いい人認定”されてる御仁なのか、
こんな形で感じ入れたまではよかったが、

 「…あの。」

小首を傾げたままだったブッダが、
不意にこちらへそのお顔を向けて来て、

 「あの私、彼女らと面識ないんですが、
  こういう挨拶って、
  日本の道徳から外れてたりはしませんよね?」

 「…っ☆」

相手が妙齢のお嬢さんたちだったせいか、
不埒なことをしてと咎められたり、
何かしらの罪にでも当たったりするんじゃなかろかと、
不安にでもなったのか。

 「あ、ああ。大丈夫だよ、このくらい。」

まったくもうもう、
ひょんなところで生真面目なお人なんだからと、
意表を衝かれて目が点になったあとは、
ただただ可愛いことよという苦笑がまたしても浮かぶ。

 “イエスさんの方なんか、
  あのくらいの子らと輪になって、
  恋バナとかしてたりするのにねぇ。”

そっちにしたって、
イケメンだからと寄って来るのではあろうけど、
そのまま モテてのことというよりも、
警戒が要らぬ 気安さからというのが ありありしている懐かれようで。
時々突拍子もない言動を見せられては
言葉がなくなるような想いもさせられる静子さんだが、
やっぱりお付き合いが続いているのもそんななせいかと。
だがだが、当の朴訥さんはといえば、

 “ヤだな。どこかからイエスの耳へ入らないといいけど。”

商店街の手前、住宅地へ向かう中通りの入口というご近所なのだ、
誰に見られていたものかも判らぬと そわそわし。
いやいや、彼はそうまで悋気深くはないかしら。
婦人会の皆さんに呼び出されても、
今日みたいに静子さんとの買い物で遠出することへも、
いってらっしゃいって微笑って送り出してくれてるし。

 “ああでも、全く嫉妬してくれないのも、
  それはそれで何だか…。////////”

人がつい い抱く感情とか、繊細微妙な機微に通じておいでだったのは、
それがやがては苦しみに通じる煩悩を生むのだとし、
そうならないうちにお捨てなさいと説くためだったものが。
自身に特別な人が出来たお陰様、
新鮮な感じようが出来る自分というのに今更ながら翻弄されておいでの
ある意味、かわいらしい如来様だったりするようでございます。





  お題 2 『大切なものが できました』





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  *ややこしいすったもんだに何とか決着もつきましたので、
   やっとのこと、新しい章でございます。
   ついでに、お久し振りのお題をと、
   あれやこれや見て回ったんですが
   勘が鈍っているものか、絞るのがなかなか難しいもんで。
   いつの間にか訪れつつある秋を、
   ご一緒に味わうことが出来れば嬉しいですvv

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

拍手レスもこちらvv


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